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二代目コブシ

コブシ葉コブシ

コブシ              葉コブシ

よく知られているように、コブシは毎年早春、サクラの花期よりも早く純白の花をたくさん咲かせる。葉が出るのに先立って、まず花だけ開くのもサクラに似ている。もっともサクラにはヤマザクラのような例外があって、昔は出っ歯の人を「山桜」といったものだ。「鼻より前に歯が出る」というシャレである。近頃は出っ歯そのものもあまり見かけなくなった。かつては小学校の1クラスに2,3人はかならずそうだったが。

だからコブシには花と葉をそろって付けるということがない。今回掲げた写真は、春先の花だけのコブシと、つい最近撮った葉コブシの両方である。同じ木がこうも違う外観になる。葉コブシの方は一見何もないように感じられるが、じつは葉の繁みの蔭にはスズメがじっと隠れている。やたら用心深いスズメたちは、米粒が撒かれるのをここでひそかに観察していて、撒き手がいなくなったと見きわめると一斉に姿を現して、米粒をついばみにかかる。警戒心は相当のものだ。

とはいっても、スズメの気質は棲みついた場所でいろいろらしい。聞いた話だが、さる旧家の老夫婦のところへ訪れるスズメはたいへん礼儀正しく、餌の米粒を食べた後、ベランダのガラスを嘴でコツコツつついて感謝の意を表してから飛び去るそうだ。ホントカネ。でも、最近世の変化は著しいから、スズメにもこういう突然変異種が出てもおかしくないかも。

わが家のコブシは、実をいえば二代目である。初代は、1995年の神戸大震災前の木だった。庭の土質が悪いせいか、植えてから何年経っても発育不良で、年にせいぜい十数輪の貧弱な花しか付けなかった。それが地震の翌年、見違えるような姿で満開になった。枝という枝に蕾が出て後から後から花が開き、最盛期には枝付き燭台から真っ白な炎が立ちのぼるような勢いで咲き誇ったのである。まったく溜め息が洩れるほど旺盛な生命力の謳歌だった。あの木が一世一代の晴れ姿を見せたのは、マグニチュード7の激震の影響だろうか。それとも、ありえないことだが、翌年、災害復興工事のためにり倒される運命を予感したからではないかと考えたくなる。

植物学者の説によると、木が一度にたくさんの花を付けるのは、自分という個体の消滅を察知して、種族保存のために多量の種子を残そうとするからだそうだ。最近は、リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』以来、生物の種族保存本能の存在へは疑問符が付けられているようだが、ともかくあの花の咲き方は尋常ではなかった。子孫を残そうという執念には凄味さえあった。コブシの木にはある種の予知力がそなわっていると信じたくなるほどだった。

その後、三田(さんだ)方面へ向かって芦有道路(ろゆうどうろ)を走っていた時、六甲山中にコブシの自生林があるのを見つけた。毎年、春先になるとその場所まで出かけて行って、まだ緑の若芽も生え揃わぬ遠見の山林の一部に純白のほの明かりが輝き出るのを見届けたものだ。

坂口安吾に『桜の花の満開の下』という美しい小説がある。その一節はこうだ。

「昔、鈴鹿峠には旅人が桜の森の花の下を通らなければならないような道になっていました。花の咲かない頃はよろしいのですが、花の季節になると、旅人はみんな森の花の下で気が変になりました。できるだけ早く花の下から逃げようと思って、青い木や枯れ木のある方へ一目散に走り出したものです。」

そして安吾は、この小説の主人公である変に淋しがりやの山賊のことを語りはじめる。この山賊は一人の美しい女を自分のものにするために女の夫を殺したほど残虐な男であるが、「こんな男でも桜の森の花の下へくるとやっぱり怖しくなって気が変になりました。そこで山賊はそれ以来花がきらいで、花というものは怖しいものだな、なんだか厭なものだ、そういう風に腹の中では呟いていました」と。

なぜ桜の花の下はそんなに怖いのか。男が桜の花の下でこの場所特有の「絶対の孤独」を感じるからである。くわしくは、野口武彦のエッセイ「花かげの鬼哭(きこく)」(筑摩書房『作家の方法』所収)を参照されたいが、この孤独感の根底には「桜の木の下には屍体が埋まっている」(梶井基次郎「檸檬(レモン)」)という感覚とも通い合う深層心理的な魂の断面が覗ける。やっぱり満開の桜の根本には、死体とか血染めの衣服とか骸骨とか、何か不気味なものが隠されているに違いない。

それにひきかえ、満開のコブシの下には何も不吉なものが埋められているような気がしない。もし何かが埋まっているとしたら、ごく平和的に何代も過ごしてきた先住民の土器ぐらいなものだろう。       (野口武彦)

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