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ヒガンバナ幻想

今年もうちの猫の額にヒガンバナが顔を出しました。この花にはえらく律儀なところがあって、毎年9月の下旬には必ず地面から花芽が伸びて来て、あっという間に花火のような、長すぎる蘂(しべ)に特徴のある花を開きます。なにしろ花がある時には葉がまったくなく、葉が出ている時には花がないというヒガンバナ科植物の通性にしたがって、いきなりひょろひょろした花茎(かけい)を伸ばすのですからこちらは不意打ちを食らうわけです。でも毎年、開花の時期は正確で、ああ秋の彼岸が来たのだなあとカレンダーを見直したりします。いったいどんな遺伝子の記憶をあの鱗茎は蓄えているのでしょうか。寒暑の変動で時期が早くなったり、遅れたりするサクラやモミジとは大違いです。ヒガンバナの狂い咲きなどついぞ見たことがありません。

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ヒガンバナの写真はインターネットにいいのが沢山ありますので、今回はわざとわが庭の貧弱なやつで間に合わせます。それも一昨年のものです。今年のは、残念ながら、1,2輪花を付けたと思ったら台風くずれの風雨に吹き折られてしまいました。みごとなヒガンバナの名所なら日本各地にあるでしょうが、拙老が第一に思い出すのは皇居濠端のヒガンバナの群落です。もう一つは、今から50年も前のことですが、大学院生の頃、天理図書館で調べ物をした帰途、近鉄電車の窓から見た眺めです。奈良盆地の西山に落日が沈みかけ、最後の放光を浴びて沿線の田畑が黄金色に輝いていました。その時、畦道(あぜみち)に点々と散乱していたヒガンバナの赤い花叢は忘れられません

ヒガンバナという名称は、学名をLycoris radiataというヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草に与えられた和名の一つです。マンジュシャゲ(曼珠沙華)という仏語系の名前もよく知られています。♪赤い花なら、曼珠沙華。オランダ屋敷に雨が降る……なんて歌謡曲がありましたっけ。他にも実に多くの異名や方言がありますが、どれも揃って不吉な・凶々(まがまが)しい・縁起の悪いものであるのは決して偶然ではないでしょう。江戸時代の18世紀から19世紀への変わり目の頃に刊行された『重修本草綱目啓蒙』(ちょうしゅうほんぞうこうもくけいもう)に烈挙されているヒガンバナの名称はざっと次の通りです:シビトバナ、ジゴクバナ、ステゴノハナ、シビレバナ、ヤクビョウバナ、カラスノマクラ、キツネノシリヌグイ、カエンソウ、ノダイマツ、シタマガリ、ハミズハナミズ、それにハダカユリ。あまりにも語彙が豊かなので思わず笑ってしまいます。

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こんな風に暗い感じの命名が多いのも、ヒガンバナが墓場に植えられていたり、路傍に植え捨てられていたり、野火を連想させたり、まあロクなことが思い浮かばないからでしょう。たしかにお仲間にはアマリリスという西洋種のものがあり、これも葉がないうちに花だけが出るというヒガンバナ科の特徴を見せていますがこれとてもあの妖艶さの裏にはどこか悪女めいた陰翳があるようです。そういう印象を与えるのは、やっぱりヒガンバナが毒草だからでしょう。ヒガンバナ科の植物はすべて一種宿命的にうっすら微毒を帯びているのです。そのたたずまいは全身で、ワタクシッテ有毒ナ女ヨというメッセージを発しています。(www.shuminoengei.jpより)

ヒガンバナは江戸時代に備荒植物とされていました。含有されているのはリコリンというアルカロイドは毒性がそれほど猛烈でなく、水に晒して毒を抜き、飢饉時には澱粉質として食べたそうです。もちろん、あまりお勧めできませんが、ともかくそんなことができるのも、ヒガンバナの毒性がそれだけ稀薄だからでしょう。同じアルカロイドでもトリカブトのアコニチンとなると猛毒で、実際に殺人事件も起きています。2種類のアルカロイドの違いは、双方の化学式のカメノコを比べれば一目瞭然です。無論、拙老はバケガクの門外漢ですが、亀甲模様のデザインを見るだけでも、アコニチンの獰猛さが露呈されているような気がしてなりません。

リコリン                                       アコニチン
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ともにWikipediaより

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