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天変・地異・人妖

「恐竜山」と名づけて、ここに掲げたような写真をこれまで何度お見せしてきたことでしょうか。左と右とでは天候のせいで空の色がだいぶ違いますが、時間差は1週間ぐらいしかありません。それほど土地造成のスピードは速かったのです。左の画面では甲羅のなくなった亀みたいになった恐竜山は、どんどん削られて、とうとうシッポが消えて首だけの亀になりました。もうただの樹木の茂みです。これぐらいは残すのでしょうか。

この町の住人になってから無慮50年。屋上から見える恐竜山は、ずっと地面にうずくまり、北の方にある甲山かぶとやまに飛びかかるポーズを取っていました。それは甲山がまだ火山だった太古から、その後六甲山地が隆起する中昔を経て現在まで引き継がれる地形の無言劇を目の辺りにしているようでした。いつか大地が躍動し、甲山が再び噴火する日、恐竜山も嬉々として跳ね上がるはずでした。

ですがこういう画面を眺めていると、地面に横たわる爬虫類の死骸にたくさん虫がたかって食い荒らして いるみたいに見えます。白く蛆虫のように増殖してるのは、以前からある民家やマンションで、恐竜山跡とは違いますが、見た目は同類です。後発メンバーであるにすぎません。どちらもやたら繁殖力が強そうです。

ふと「天変地異人妖」という言葉が頭に浮かびます。「人妖」は馴染みが薄いかもしれませんが、江戸時代からある言葉です(大朏東華おおでとうか『斎諧俗談さいかいぞくだん)。自然災害や天下動乱で社会不安がつのり、人心が不穏な時期に人界に出現する魔性の者、アヤカシのたぐいを言います。天明の江戸打ち壊しや安政江戸地震の折には弁慶のような大男と牛若丸を思わせる美少年の二人組が活躍しましたし、明治維新の前にはエエジャナイカ踊りの狂熱が国中を揺すりました。

80年も人界に棲息してる拙老には、昨今の日本にはまたそろそろ「人妖」が立ち現れる季節が到来したかのように感じられます。最近の「人妖」は必ずしもアヤシゲではなく、ごく日常的な顔立ちで現象します。便利な住宅環境がほしい、土地を遊ばしておくのはもったいない  人々のそういう無邪気で罪のない善意の希望が、集積されるといつしか不気味え破壊的なものに変わるのです。そこには何か悪魔の摂理のようなものが働いているのではないか。  頭だけになった恐竜山の眺めはいろろなことを考えさせます。 (了)