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戒元令

2019年四月1日am11:30。本日改元の儀あり。いつも暗い表情で冴えない顔をしている内閣官房長官が、今日ばかりは晴れやかな顔つきをして、額縁を掲げてお披露目をしていました。新元号は「令和」だそうです。オヤマアという感じです。拙老ごとき古物の理解では、やまとことばの伝統上ラ行音は古来へりくだった語音とされ、語頭音にされることはありませんでした。あったとすれば外来語でした。嘘ではない証拠には、御手元の国語辞書を御覧なさい。ラ行の言葉が極度に少ないことに気が付かれるでしょう。ですから、元号の漢字にもラ行音は滅多に用いられず、あってもラ・ル・ロはなく、全部で247あるという日本の年号のうち、リ(暦りゃく応、曆仁)、レ(霊亀れいき)の3例だけです。

新しい元号が決まると美辞麗句をもって飾り立てるのが為政者のならいでしょうが、こちとらにもお江戸の仕来りがあります。ワルクチという文化です。ワルクチをただの悪口雑言と思ってはなりません。江戸文芸の一ジャンルだった評判記にはわざわざワルクチと名付けた項目がありました。立派なカテゴリーなのです。江戸が終わって明治になってもこの伝統は持ち伝えられました。「慶応」が「明治」に改められても、人々には世の中が明るく治まるとは信じられませんでした。そこで当時の落首に、「上からは明治だなどと云うけれど 治明(オサマルメエ)と下からは読む」。

「令和」もやはり漢文風に読めます。「令」は使役の助動詞ですから「令和」は「和セシム」と読みます。「ヲシテ」という補語を必要としますが、今の場合は「民ヲシテ」でしょう。名は体を表すと申しますが、この元号漢字は、おそらく選考者の意図に反して、制定者の底意ないしはホンネを言い現してしまっています。世の中の善男善女がみな無邪気に幸福そうに和同するように制令しました、という意味なのでしょう。事実、テレビに東京の新橋や大坂の梅田のシーンが中継され、新元号を知らせる号外を奪い合って 怪我人が出る群衆の混雑を見ると、「民はこれを由らしむべし」という目的はほぼ成就したといえるかもしれません。

人の悪い政治記者の間では、こんなまことしやかなゴシップが囁かれているそうです。政府のある有力者は「安」字を元号に使いたい意向を示し、諸委員のうちにはこれを忖度して、一時は「安和」という案が出かかったが、残念ながらこれは平安時代にすでに先例があり、しかも「安和の変」なる政変も起きた不詳な年号であるので、ついに沙汰止みになったとか。30年前には当時官房長官だった小渕さんが「元号オジサン」として人気者になり、めでたく次の首相になったためしもあるので心配されている由。ホントカネ。  (了)