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桃叟だより
2018-05-28 | 日暦

文の本分

〽時ぞ今咲くや五月の花あやめ筋目すぐなる文ふみのいさをし

最近いやなニュースばかりが多い昨今ですが、久しぶりに実にさわやかな話に接しました。読者の皆さんも同感されると思いますが、日大アメフト部で正直に事実をオープンにした若い学生のことです。拙老はこの出来事から、日本の「文」の伝統が根強く生き残っていると感じ、大いに我が意を得たりと思いました。わが国の文運はまだまだ隆昌です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/アヤメ より

文運と申しましたが、そもそも「文」の本義は何でしょうか。考えてみると、この言葉にはいくつもの語意が重層・複合しています。文人などと気取っていても、当人には自分のいったいどこが「文」なのかよくわかってないのです。元々はもちろん漢語ですが、長い年月のうちにいつしか「ふみ」という和訓と分かちがたく結び付きいて使われ、ほとんど区別が付かなくなっています。「ふみ」は「ぶん」の転訛だという説もあるくらいです。「「文」は日本起源のものではありませんから、ある程度まで妥当な説です。

第一に文書とか文献とか「書かれたもの」、第二に手紙(恋文とか文通とか)、第三にある纏まりで思考が表現される一定の言語様式(文章)といったような具合に、語義や用法では相互に微妙につながりあい、重なり合いながらも、それぞれに独立した意味の面積を確保する単語の集まりが「文」であるともいえましょう。

しかし、こうして「文」の語義のいくつもの側面を列挙してみたところで、それだけでは何か大切なものを忘れているという欠落感があることは否めません。「文雅」「文事」「文華」といった一連の熟語がひとしく含意している「みやびな」「洗練された」「垢抜けた」等々のニュアンスです。「文」の反対語は、よくいわれているように「武」なのではなく、もっと古くは「質」――生地むき出し・野性的・素質そのもの――なのです。だいたい「文化」という言葉自体、カルチャーといった静態的な意味以前に、、社会を「文」に「化」するという能動的な語意を持っています。

事の起こりは、やはり「文」の字源にあるようです。「文」の始原は「文身」つまりイレズミだったそうで、それがだんだん描くもの・彫り込むもの・ペイントするもの等々に変わってきました。文字もそこから派生しました。字形が重んじられるゆえんです。文様(模様)も形成されます。「文」字に「かざり」という訓があるのはそのためです。「あや」と読まれることもあります。植物のアヤメも「文目」と漢字表記されることもあります。

「文理」という言葉があります。文科と理科という分類があるように、最近ずっと「文」と「理」とは反対語のように考えられていますが、そうではなくて、「文理」とは本来《文章の筋目》という意味です。「文」とは基本的に、視覚的には「文字」形象の集合(聴覚的な《音韻」連鎖の配列)の形態を取りますが、ただ無雑作に並ぶのではなく、いちばん合理的に文意を結ぶ筋道があります。それが「文理」です。「文目あやめ」の元々の意味です。文飾とか文彩とかの外見の奥底には確固たる「文理」があり、強力な「文勢」が一筋貫いています。

現代日本で最近立て続けに起きている出来事は、まっすぐな筋目――物事のアヤメ――が、国会の多数意見(森友・加計事件)や「事実が確証できない」とする第三者委員会の法理鳥尾(日大アメフト事件)のもとに圧殺され、まさにその圧力のもとで本来の輝きを発する「文理」の実在を人々に確信させる機縁になるでしょう。これこそが「文」の本分なのです。  了

 

 

2018-05-04 | 日暦

老兵の本領

いくら強がっても年齢には勝てません。人間80歳台にさしかかると、やっぱり70歳台の身体とは違うのです。この前帯状疱疹に罹ってから、そのことを痛感しました。毎日、荊妻と代わるがわるソファーで横になって休養を取っている有様です。これからは自分が「老兵」であると覚知しつつ、将来計画を立てる必要があると思いました。

今後どういう本を書いてゆくか。ここで決意表明みたいに大上段にふりかぶるのは面映ゆいし、ガラでもないので、折よくこの期間に某出版社の編集者宛てに出した書信を自己引用させていただくことにしました。

「このたび御提案の御企画では、拙生日頃書きたいと思うテーマが意に任せて書けないのではないかと愚考し、今回は残念ですが見合わせることとさせて頂きたく存じます。なお拙生も不思議に齢80を重ね、今後はすべての著述を『小説』の形でしか書かないと心に決しました。仄聞するところでは、御社には「単行本」出版の部門もある御様子。もし拙生のこれからの仕事にご関心があるようでしたら、今後はそちらの方面で御口を掛けて下さるなら、幸いこの上もございません。」

物書きの先輩から教わったことでは。先方から依頼のあった原稿は断るものではないそうですが、拙老もそろそろ老兵、今からはしんそこ書きたい事柄だけを選り好みさせてもらいます。いわば老兵の本領に徹します。

 〽我はいさ文の防人さきもり荒磯に寄する年波しばしとどまれ

 

 

2018-04-22 | 日暦

燕の季節

今年も例年のようにツバメが帰って来ました。何しろスピードが桁違いに速いものですから飛行姿はとても写真ではお伝えできません。今回映っているのはいつも美しい鳴き声で耳を楽しませてくれますが、あまり姿を見せないイソヒヨドリです。残念ながら逆光線でよく見えませんが、実物は頭から胸と背は青藍色、腹部は赤褐色となかなか色どりが芳譜です。

ふくよかな咽喉を反らせて妙音を発して飛び去るのがふつうですが、この写真では、何か眼下の物に目を注いで いるように見えます。何でしょうか。

これまで何度となくお伝えしてきた「恐竜が丘」の現在の姿です。参考のために前回「人界鳥瞰」の条で掲げた「イグアノドンの岡」の写真を並べておきます。いかにすさまじい変貌を遂げたかは一目瞭然でしょう。地名も改めて「背無し亀」と名付けることにしました。向こうに見えているのは西宮あたりのビルです。いずれ山林は消えて無くなって同じような建物群が平坦に連なるだけの眺めになるでしょう。

イソヒヨドリは上の方から、眼下の人間愚挙を呆れ変えたように涼しげな目で眺め渡しています。  了

2018-04-15 | お知らせ, 日暦

心機、花錦を織る

よく「心気一転」などといいますが、「心機」と書くのが正しいそうです。「機」字の原義は「からくり」つまり「はたおり」の機械という意味ですから、「心機」とは、心で精神の布を織る仕掛け・仕組みのことです。そういえば、♪ボロを着てても心は錦、という歌の文句もありました。またこのことから、物事のメカニズムが時宜を得て、周囲の諸条件とうまく噛み合うかたちで発動するハズミのことも「機」といいます。「好機」「心機」「神機」「妙機」などのたぐいです。

考えてみれば、4月初めに罹患した帯状疱疹が拙老に特別な「機」をもたらしたのかも知れません。最初、この疾患を何となく軽い気持で見ていたのですが、実はこれなかなかのクセモノで、拙老いまだにその後遺症的神経痛に悩まされている次第。たいした痛みではないのですが、皮膚の裏側がしょっちゅうピリピリするのは叶いません。

そんな折も折、拙老は、とあるブログ中にめずらしくも拙老の名前が出ているのを発見しました。めったにないことです。奇貨措くべからずと申しますから、とにかくその一文を引用させていただきます。

川日記 2018.1.15.~1.31.北海道放送故守分寿男氏著「北はふぶき」、「さらば卓袱台」。ローカル局がドラマの可能性を開拓した時代があった。西部邁氏死去。自死という。私は西部氏を買わない。しかし、どの世代にも優れた個性はいるに違いないが、この世代は間違いなくそうだ。青木昌彦(姫岡玲治)、唐牛健太郎、山本義隆、長崎浩、最首悟、平岡正明、野口武彦・・・。60年年代という時代のプリズムを通した思考の乱反射、その光の射程の奥深さこそが大事なのだ。》

拙老はこの文の筆者とは面識がありませんし、どこのどなたとも存じませんが、放送界で一仕事をなさっている人物のように見受けられます。

拙老の名もまだ忘れられていないようで、光栄の至りです。それと共に一種ズシリとした責任感のようなものを感ぜずにはいられません。前世紀から今世紀にかけては大きな思考と感性の転換が進みましたが、そのハシリとして最初に波しぶきを浴びたのが今から思えば60年年代だったのです。上に列挙された8人のうち、すでに4人が故人になられています。オマエもぐずぐずしているんじゃないぞ、という声が聞こえてくるような気がするのです。もちろん、何か形のあるものを世に遺したらどうかという意味です。

拙老はこのところ平均1年に1冊ぐらいのテンポで単行本を刊行して来ています。ずっと歴史とも小説ともつかぬ領域のものなので、読者を戸惑わせているかも知れませんが、自分で本当に書きたいと思っているのは人々の心に沁みる物語――つまり《小説》――であり、また1作ごとに作品をそれに近づけていると確信しています。

今後のできばえは、読者の皆さんに見ていただく外はありませんが、今はとりあえず、『元禄六花撰』の姉妹編にあたる次回作――タイトル未定――に御刮目かつもく願いたいと考えているような次第でございます。

 

 

2018-03-28 | 日暦

年々歳々花相似たり

 毎年この季節になると、サクラの開花に先立ってコブシの花期が来ます。特に今年は、春先に帯状疱疹などというヘンな患いいをしたので、一斉に花開いたのを見ると心が和みます。まさに「年々歳々花相似たり」の境地ですが、実際には第二句の「歳々年々人同じからず」の方に近い心境です。まあ80年上生き延びている身となれば、多少は「同じからざ

る」部面が出て来たとしても致し方のないことかもしれません。

このコブシは本ブログに何回も登場して貰っています。地震の翌年からのことですから、もう20年以上おつきあいしてることになります。こうなると戦友みたいな気持になります。

さて、今後の見通しですが、拙老もそろそろ「桃叟一生の仕事」として締めくくりを付けるべき年齢に差し掛かったという引き締まった気持になってます。これを構想とか執筆プランとか筋道の立った文章で記すには、今はちょっと体力不足なので、今日のところは差し当たりの予定を紹介するに留めさせて下さい。

草思社から2013年に出した単行本『異形の維新史』『不平士族ものがたり』の文庫版が刊行されます。出版は来たる6月、7月の予定です。明治初年代の日本に出現した「理不尽の時代」をもう一度繰り返すであろうポスト平成の日本を占うアクチュアルな企画になると思います。   了

 

 

 

 

 

 

 

 

2018-03-10 | 日暦

世の中は三日見ぬ間の桜かな

しばらくご無沙汰しました。弱り目に祟り目とはよくいったもので、帯状疱疹が出たのと相前後して今度はパソコンがクラッシュし、外部との接触が 一切できない状態になってしまいました。かくてはならじと一つ一つ復旧を重ね、現にこうしてホームページの更新ができるまでになりました。ちょうど3月初めの10日間がブランクになったわけです。本頁は復活第1号に当たります。

世の中は3日見ぬ間の桜かな、という俗諺の通り、この1旬日の間に世界は大きく揺れ動きました。「悪」の枢軸と「善」の枢軸がニコヤカに会談しようというのですから、地球はいよいよ大喜利総踊り状態です。世界は壮大な悲劇的破局ではなく、一場のアナストロフ(躁状態的破滅)のうちにごく喜劇的に終焉を迎えるだろうという拙老の予測にまた一歩近づいたとイヒイヒ嬉しがっています。そういえば昔の1939年、スターリンとヒトラーとの間で独ソ不可侵条約が締結された時、当時の日本の平沼騏一郎は「国際情勢は複雑怪奇なり」という名言(?)を残して内閣総辞職しました。今日の世界もそれに劣らぬくらい不可解なのですぞ。

メイラーがダメになったのでアドレス帳も全滅しました。こちらからは出せません。受け取る分はダイジョブらしいから、ぜひご一報下さってアドレス帳復旧にご協力願います。

 

2018-02-21 | 日暦

読者に言いわけ

2月3日以来、更新が途絶えてしまいスミマセンでした。

柄にもなく、ちょっぴり健康を害していたのです。1週間ほど前、寒い日が続いたのでホッカイロを背中に張ったら、皮膚が赤くなって痕が残りました。低温ヤケドかと思って皮膚科の医者へ いったら、先生は嬉しそうに「これは典型的な帯状疱疹だ」と診断してくれました。

いくら老人性ナルシストでも、こればかりはインスタ映えしないので公開はしませんが、みごとな薔薇色のベルトがわが肌を飾っています。日頃は鬼軍曹のリハビリのトレイナーさんも扱いが優しくなりました。それはそれで不気味です。

以上が、ブログ更新が遅れていることの言い訳です。

2018-02-03 | 日暦

立春だより

2月4日は立春です。いよいよ春が 立ち染めたわけですが、ここ二三日は例年にない寒波到来で閉口しています。テレビで見ていると東京は連日の積雪で大変らしい。でもジンクスでは、江戸/東京に大雪が降炉年は必ず政治的大事件が起きることになっています。①元禄15年(1702,本当は1703だけど)の忠臣蔵討入り、②万延元年(これも本当は安政7年なんだけど、1860)の桜田門外の変、③昭和11年の二二六事件。――だから今年は乞う御期待です、などとイヒイヒ嬉しがるのもしょせん老人性多幸症に由来する無責任な野次馬根性なのでしょうか。

もちろんわが身を律するのを忘れてはなりません。すこしでも気を抜くとたちまち体力が衰えますので、毎日リハビリに励んでおります。恥ずかしながら、その証拠に精進している姿を披露いたします。左から順に、バランスボール、杖歩き、踏台登りの3課目になります。なかなか楽じゃありませんぞ。

◆昨年暮に放映されたNHKBS番組「決戦!鳥羽伏見の戦い」の再放送があります。

再放送:NHKBSプレミアム 2月12日(月祝)午後4:00~5:59 とのことです。

よろしかったら、お知り合いの方々に御吹聴下さい。なお偶然でしょうが、これと同日に福島民友新聞に「維新再考」という連載記事が載り、この番組にも言及されるそうです。拙老も紙面で参加する予定です。

◆拙老のブログを御覧下さっている皆さんは先刻ご存じでしょうが、WEBサイトでは「野口武彦公式サイト」いうタイトルの頭のの中にに「?」が付くようになりました。。クリックすると「未評価」とあります。今年になってからのことです。気になったので問い合わせてみたら、ウイルスバスター業者のサービスでウェッブの安全度を表示する判定マークだとのこと。評価内容は「未評価・安全・不審・危険」の4段階だそうです。拙老のブログは小口なので――取引高・顧客数・決済金額などの数量データに乏しいので――番外扱いなのだそうです。そんなわけですから、まずはご安心下さい。   了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018-01-17 | 日暦

平成戊戌2018初春ア・ラ・カルト

§ 前回は特報でしたので今回をもって遅ればせながら年頭の御挨拶とさせていただきます。話題がいくつもありますので以下アットランダムなアラカルトとして綴ろうと思います。

§ 恒例によって戊戌ツチノエイヌ年頭狂歌腰折れ一首。〽打ち出だす槌の柄の音高きかな平ら成る日は今年去ぬとも。

§ 戊戌時局三ツ物

平静な年は往ぬとて北の春

 千年恨ハンを溜めし火の山

コクリ漕ぐ筏は潮に洗はれて

注。AD917年に起きた白頭山の大噴火は富強で聞こえた渤海国を滅亡させた。また、中世日本を脅かした北寇は当時「ムクリコクリ(蒙古・高麗?)と呼ばれて恐れられた。

§ 正月ですので、同年配の老妻に少し羽根を伸ばしてもらおうと近くの有馬温泉に出かけて来ました。拙老も病気以来初めての外泊です。何しろ40年も連れ添っていますのでいまさら相聞でもないのですが、とりあえず老いらくの春を2首――

〽長生きのさても命は有馬山猪名野に摘まん老いの若草

〽有馬山猪名の春風そよ吹きてなどて忘れん若草の妻

花小宿はなこやどという旅館に宿泊しました。由緒のある旅宿ですが、現代に合わせて設備も改良されていて、玄関先には、車椅子暮らしの客を上がりがまちまで持ち上げるリフトも整備されています。

スリーショットの写真で向かって右(拙老の左側)にいるのが老妻、右側が当宿で働く陽海はるみさんです。有馬も時節柄、インバウンド旅行者が多く、陽海さんも外国人客には苦もなく英語で応対していました。

§ 講談社から『元禄六花撰』が刊行されました 。発売日は1月17日です。外観はすでにホームページで紹介してありますので、今回は本文の一部をアナログで見ていただきたいと思います。

 

 

 

 

2018-01-03 | 日暦

新春特報 NHKテレビ番組『決戦!鳥羽伏見の戦い』評判

新年おめでとうございます。

この欄でもお知らせしたNHKBS番組の『決戦!鳥羽伏見の戦い』が去年の12月30日に放映されました。よくできていたと思いましたので、さっそく同番組の制作に当たられたディレクターのK氏に感想を記したメールを送りました。同氏のご快諾を得ましたので、番組内容の紹介も兼ねて、ここに掲載させていただきます。

「番組を拝見しました。

時間はたっぷり、画面は材料豊富で、さすがNHKの実力を
堪能させていただきました。拙著の骨格を正確に生かして下さって
有難うございます。そのデテールが羨むべき取材力によって、映像
になって視覚化されると、まるで初めて知ることのように新鮮に
感じられました。

貴番組では、滝川具挙父子を狂言回しのように使ったのがうまく行って
いたと思います。役者もぴったりでした。個人の目鼻立ちが見えると
歴史上の出来事がヨリ身近になります。が、その代わり、感情移入が
生じて、突き放しにくくなるのが難ですね。具挙はマッスグな気性ですが、
正直(せいちょく)というより、愚直な人物だったと思います。クソマジメ
に誤算を重ねるのです。それを笑殺するアイロニイ感覚が史眼には必要かと
存じます。

岩倉具視は少し品が良すぎたような気がします。もうちょっと「悪党面」
でよかったのではないか。おそらく現代の管官房長官そっくりの顔を
していただろうと思うのですが如何?

まだ色々ありますが、残りはいずれ拙生のホームページに書かせていただこう
と思っています。事によったらこのメールをそのまま引用させていただくかも知
れませんが、ご許可くださいますか? 拝」

そしてもう一つ拙老にとって幸先がよいことには、放映の翌日に早くも御好評いただいたブログが公開されました。そのURLを記しておきます。http://d.hatena.ne.jp/Makotsu/20171231/p15?a=2.50367081.1149790850.1514780381-506733059.1483415989

ともかくこの番組では、表現したい物や事を映像で伝えるスキルに圧倒されました。「映像力」という言葉が頭に浮かんだほどです。特にシャスポー銃と五斤山砲の紹介はみごとでした。当方はしょせん文章だけですから、画面に実物を提示されたらとても勝負になりません。参りました、とシャッポを脱ぎます。

とはいえ、全体の構成については一言なからざるべからずです。拙老は、歴史ドキュメンタリーにも「文体」があると思います。ドキュメンタリーの場合はそれを「話法「語り口」といってもよいでしょう。K氏への私信で拙老は「滝川具挙父子を狂言回しのように使ったのがうまく行っていた」と評しましたが、それは、K氏が滝川具挙をあまたの関係人物の中からスポットし、文学理論でいう「視点人物」として活躍させているからです。「視点人物」は全事件の輪郭・顛末・一部始終を通観できる特別な位置にいます。そしてこの「視点人物」と作中人物との重なり合い具合が、作品世界の遠近感・深浅感に微妙なヴァリエーションが生み出されます。

この番組はいわゆる歴史ドキュメンタリーでしょうが、それにもやはりドキュメントとドラマの両極があり、個々の作品は、その両極の間にできるスペクトルのどこかに定位します。書かれる歴史ばかりでなく、実際の歴史上の事件も必ず何らかの(何ほどかの)ドラマ性があります。(また逆に、どんなドラマもドキュメント性が不可欠だということになります。)すべての歴史――皆さんご存じのように、「史」という語は過去に起きた事柄とそれを文字に留めたものとを区別しません――の結末は悲劇的要素を孕みますが、たとえば鳥羽伏見の戦いと徳川慶喜、それに適度のコミック・リリーフを与えたら絶妙なテクニックになるでしょう。お汁粉の甘さを引き立てるためにちょっぴり加える塩味のようなものです。

拙老にはそういう喜劇的脇役として陸軍奉行の竹中丹後守重固しげかたや、慶喜の小姓村山摂津守鎮まもるといった名が浮かびます。が、それは意地悪な笑いを好む拙老の僻好にすぎません。最後に、80時間に濃縮された歴史過程をみごと2時間にまとめあげた手腕に感服したと申し上げようと思います。(念のために申し添えますと、拙著とは、『鳥羽伏見の戦い』中公新書2010です。)  了

 

 

 

 

 

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