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天から剣

いつだったか故橋川文三氏から昔の思い出話を聞いたことがあります。今知っている人は少ないでしょうが、昔、♪箱根の山は天下の険…という歌詞で始まる小学唱歌『箱根八里』というのがありました。滝廉太郎作曲の名曲です。まだ子供だった橋川さんはそれを耳から覚えたのですが、長い間ずっと、その語句を「蛸寝の山は天から剣」とカンチガイしていたそうです。タコが箱根山でのうのうと昼寝をしているところへ空からツルギが落ちかかってくる、とちゃんと場面性もストーリー性もある思い違いだったわけです。

タコにしてみれば、いつ剣が上から落ちてくるかわからないケンノンな状態に置かれているのですから、毎日いつも不安定な、落ち着かない日々を送っていただろうと思います。といって、このタコは箱根を離れようともしていないのですから、不安な日常に安住してもいるわけです。日常化した不安のうちに棲息しているともいえます。突然時を定めず、ラジオやテレビ、スマートフォンから不意にJ-alertが鳴り響くようになった昨今も、タコの夢の中でで頭上に剣が吊されているのと似たような状況なのかもしれません。

若い人たちはどうか知りませんが、拙老の年齢層にとっては、この感覚は生まれて初めてではありません。何しろ空襲警報のサイレンを子守歌同然に聞いて育った世代なのですから。戦争不安・政治不安・社会不安・世界不安etc.は、みな予行演習が済んでいるのです。そうそう、予行演習といえば、テレビで報道された避難訓練。笑っちゃいけないとは思うのですが、いつの世でもオカミのなさることは同じなんだなあと微笑を誘われます。75年前の防空演習でも、火叩き(竹竿の先に短く切った縄の束を付けたもの)で燃え上がった屋根の火を消す・バケツリレーで水を運ぶ・防空壕に入るなどが奨励されましたが、いざB29の大編隊が現われて焼夷弾の雨を降らせた本番では何の役にも立ちませんでした。

一方、北朝鮮のニュース画面を見ると、浪曲師みたいに盛装したオバサンが「撃ちてしやまん」と叫んでいるし、ピョンヤンの街頭では青年が口々に「アメリカをやっつけろ」と元気よく語っています。まさに日本の昭和16年12月8日(真珠湾攻撃)前夜の雰囲気です。かの国でも「鬼畜米英」「進め一億火の玉だ!」と連呼していた当時の日本同様、異論など一言もいえない空気なのでしょう。金正恩体制は明らかに昭和20年までの天皇制を模倣しています。孤立すればするほど、その孤立感は「世界に冠たる証し」なのですから、わが国の過去をかんがみても、やめろといってやめるわけはありません。

どうも煎じ詰めると、この際、地球人類の生存のためには、相争う諸勢力の相互疲弊を待つしかないようです。トコトンまでやあせて、双方がくたびれてもらうのを待つのです。

しかし何だかんだ言っても、こういう不安ワクチンの予防接種で治療できるのはせいぜい戦争恐怖症までであって戦争そのものではありません。戦争の最中のことは考えたくもないですから、拙老は人間が一人もいなくなった後、この世界はいったいどうなっているであろうかと想像することにしています。動物は人間の巻き添えになるが、植物はまず無事に生き残るでしょう。地上の幹や枝は焼け焦げて消滅しても、地下の球根はしぶとく生き延びると思います。拙老はわが亡き後も、庭に毎年咲くヒガンバナの永世性を夢想します。

左の写真はもう10年も前に庭に植えたリコリス・アウレア(金色曼珠沙華?)という西洋種のヒガンバナです。洋の東西を問わず、ヒガンバナは毎年秋の彼岸の頃にまず花だけが、地面に顔を出します。この品種は通常種より花期が早く、いつも彼岸の数日前に咲く律儀な習性を持っていて、スケジュールが狂ったことはありません。人間が忘れていても、向こうからちゃんと季節を教えてくれます。

本物の(?)国産ヒガンバナはまだ時節が早いのか目下待機中というところで、やっと地面から蕾の茎を伸ばし始めたばかりです。今西から接近中の台風18号に吹き倒さなければ、今年も庭の片隅にひっそりと点火したようにしてくれるでしょう。

ヒガンバナから「死」や「墓場」を連想するイメージは、たぶんこの植物が自生する自然環境に関係していると思いますが、拙老がこの花から思い浮かべるのはなぜか「戦火」です。昭和20年、終戦の8月に続く9月、東京の焼跡にはこの短命なくせに強靱な花がいっぱい咲き狂っていたに違いありません。  了

 

 

 

 

 

 

 

 

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