群像2019年十一月号 このたび講談社の『群像』十一月号(10月6日発売)に、拙老の近作小説「崩し将棋」が掲載されます。思えば、21世紀の初年代に――いつのことだったか記憶にありません――脳出血を起こし、雑誌執筆から遠ざかって以来無慮10数年の空白を経て、久々の現役復帰です。こんなとき、いつも一番喜んでくれた亡妻に知らせられないのが残念です。
この10数年の間には文壇でも世代交替が進行しました。当年82才の拙老ごときは世から老残者扱いされても仕方ありませんが、幸い『群像』編集部の英断で作品発表のチャンスが与えられました。まだ決してボケていないことを読み取って下さることと思います。
「崩し将棋」は全88枚。幕末江戸の戦乱で彰義隊と運命を共にする思春期の少年少女たちのバラッドです。上野のお山だの不忍しのばずの池だの日頃は賑やかな行楽地だった場所が、一転して酸鼻な戦場に変わります。悪童たちは否応なく渦中にに放り出されます。
老来近頃はたっぷり距離を取って世相を眺めさせてもらっていますが、どうも最近の日本は明治時代をそっくりなぞり返しているように見受けられます。現代東京にもやがてそう遠くない将来、幕末の江戸で起きたようなことが起こるでしょう。
もし「崩し将棋」が気に入られたら、どうかお友達お仲間に御吹聴下さい。作者には次作、次々作の用意があります。 了
作者薬籠中の、幕末期の資料・文献、ゴシップ記事をふんだんに駆使し、豊かな文学的想像力で練り上げた臨場感あふれる物語です。「純」文学誌には、現代の世態風俗を描いた新鋭の小説が多いように思いますが、この小説のような時代小説にあらぬ歴史小説は、それなりの意味があると思います。何よりも知的興奮があります。読み終えて、題名に込められた深くて広い意味も分かりました。ネタバレになるかもしれませんが、ごく私的には、悪童たちがチギリを結ぶ場面の描写や会話の部分に作者の遊び心を感じました。また、小娘の指示を受けた少年たちが壮大なわるさを展開するところには、太宰治の「お伽草子」の「カチカチ山」で、小悪魔的なウサギが中年タヌキの舟を沈めるシーンが頭をよぎりました。見当違いかもしれませんが。芳年の従軍画家ぶりも実話に基づいているのでしょうか。「宇治拾遺物語」の絵仏師良秀の系譜ですね。天才芸術(創作の道)家の一つのあり方だと思いました。さて、シャレの通じない明治新政府(官軍)側の下郎どもにラチされた江戸庶民の娘の行方や如何。