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お知らせ

[皆さんの声をお聞かせ下さい――コメント欄の見つけ方]

今度から『野口武彦公式サイト』は、皆さんの御意見が直接読めるようになりました。ブログごとに付いている「コメント欄」に書き込んでいただくわけですが、
同欄は次のような手順で出します。

トップページの「野口武彦公式サイト」という題字の下に並ぶ「ホーム、お知らせ、著作一覧、桃叟だより」の4カテゴリーのうち、「桃叟だより」を開き、右側サイドメニューの「最新記事」にある記事タイトルをどれでもダブルクリックすれば、その末尾に「コメント欄」が現れます。

そこへ御自由に書き込んでいただければ、読者が皆でシェアできることになっています。ただし、記入者のメールアドレス書き込みは必須ではありません。内容はその時々のブログ内容に関するものでなくても結構です。

ぼくとしては、どういう人々がわがブログを読んで下さっているのか、できるだけ知っておきたいので、よろしくお願いする次第です。以上

永世詩債について――『明治伏魔殿』が刊行されました

このたび「開化奇譚集」と銘打った小説集『明治伏魔殿』が刊行されました。幕末から明治初年の波瀾万丈の変動期に起きたいろんな出来事を5つ揃えています。上野の彰義隊、幕府歩兵隊から明治天皇の馭者になった男、銀座煉瓦街の裏話、明治の贋金造り、斬首される武士の娘――いやア、この短い歳月に、びっくりするほど多彩で密度の濃い事件が発生したものです。

2月21日頃から書店に出回ると思います。

*     *     *

筆者桃叟には、まだ少し寿命がありそうですから、これが最後の作品にはならないとは思いますが、とかく物情騒然たる昨今、世の中は突然何が起こるかわかりませんから、これからの仕事は全部「非常持ち出し」で取りかかるつもりでいます。

桃叟はけっきょく一生の間、詩債を負い続ける人間なのだと思います。いわば「永世詩債」の債務を背負っているのです。「詩債」とは本来、人から貰った詩に次韻して返すことをいうのですが、もっと意味を広げ、何であれ強く感銘を受けた事柄を詩文化できずにいる負い目をいうようになりました。「書債」「文債」という言葉もあります。桃叟はいつもこの債務を抱えています。債権者も桃叟自身です。場合によっては自己自身への債鬼になるかも。

『明治伏魔殿』を世に問うた現在、桃叟が専心している次の仕事は逝妻芳子を追悼する歌集『うつつの津の国』の上梓です。「詩債」にならって「歌債」という言葉を作ってもよいと思います。この歌債を完済することにここしばらくは専念させていただく所存です。よろしく。

 

 

 

 

八十路の新春

〽八十路にも風ぬくもれり初暦。いま「コロナ」という名称で進行している人類と微小生命体との長期戦役は塹壕戦の局面に至ったようです。桃叟の身辺にもぽつぽつ影響が出ていますが、これはコロナそのものではなく、その派生トラブルの結果でしょう。わが老体は超然と健在であります。

今回は、4つほど広報したいニュースがございます。

⑴先日御吹聴致しました拙著『花の忠臣蔵』の中国語訳が本国よりもよく売れているというニュースが、このたび朝日新聞1月27日夕刊の紙面にも載りました。俳友グループの友人が同記事を転写してくれましたので、本ブログにもそれを転写してお披露目させて頂きます。

⑵先日吹聴させて頂きました小説集が近日中に講談社から刊行されます。書名は正式に『開化奇譚集 明治伏魔殿』と決まりました。

⑶これも先回予告した逝妻追悼歌集『うつつの津の国』は、幸い理解ある編集者を得て、目下歌稿を整理してもらっている最中です。これまた近いうちに進行をお知らせできると思います。

⑷俳友グループへの連絡。世が世なのでそれとなく安否を尋ねたら全員が点呼に応じてくれたのでまずは安心。去年から希望が出ていたので、歌仙興行をこれまでの半歌仙から36句立ての本歌仙に切り換えます。分量が倍になるだけでなく、高い集中力も必要になりますから、各自奮励努力せよ。

句順表も大部になります。連衆一人につき6句ずつ割り振りました。公平になるよう苦労しました。いい句順に当たらなかった、と文句を言わないように。句順表を送ります。添付ファイル参照されたし。

「八十路にも」歌仙六吟句順表

兵庫県文化賞を頂きました

このたび兵庫県文化賞を頂きました。2021年11月9日に授賞式がありました。その模様をお伝えします。

今までずっと江戸っ子をもって自任していたのに、なぜか突然兵庫県人にされて多少複雑な気持で、なんだか『一本刀土俵入り』の境地ですが、そろそろ年貢の納め時だろうと素直に頂きます。有難いことに、ともかくこれで最晩年の定点ができたわけですから、今後どのくらいの天寿を与えられるか知りませんが、できる限りのことをしてゆこうと思っています。以下は、亡妻芳子との冥約であり、自分自身との盟約です。

⑴ 来年の9月25日を目途に、芳子を追悼する歌集『うつつの津の国』を刊行するつもりです。しっかりした詩歌出版社を版元にお願いしようと思います。

⑵ 来年2月頃、作品集『明治伏魔殿』を某社から出版します。全5篇で「崩し将棋」「明治天皇の馭者」「銅版画家」「巷説銀座煉瓦街」「粟田口の女」のラインナップです。近代日本初頭の創世記的な闇を描いています。

⑶ これはもう少し先の話、というよりもし幸いに天寵もうしばらくの老寿を藉してくれるならばの話ですが、ゆくゆくは雑誌『文雲』に結集させたい文学運動を始めたいと思っています。まだ夢の夢です。

こういう具合に、これからまあ90歳ぐらいまではどうにか保たせようと考えています。ムシがいいですかねえ。誠惶頓首

 

芳子他界二年目の命日に

今日は愛妻芳子が他界して二年目の命日に当たります。あいにく時疫蔓延の時世のこととて何の集まりも出来ないのが残念ですが、ぼくはぼくなりに二人きりで亡き伴侶を偲びます。

コンコンちゃんを偲ぶ歌5首――

〽二とせは夢のうちにぞ経めぐりてなほ新しきなれが面立ち

〽いつよりかコンコンちゃんと呼び慣れき人離れして恋しかりけり

〽いっしんに犬サフランは蕾みけり根も葉も見せず思ひ包みて

〽阪神が点を入れたと妻に告げネコと睦びし午後は帰らず

〽「ただいま」と帰宅を告げる声のしてふと眼覚むればいつも見る夢

――――――     ――――――

 

 

 

枯桃残芳――潮目が変りました

 

朗報が思わぬ方からもたらされました。このたび講談社国際ライツ事業部という所から 通知があり、『花之忠臣蔵』の見本が送られて来ました。2015年刊行の拙著『花の忠臣蔵』の中国語訳です。とりあえず訳者にお礼状を出しましたらすぐに丁重な お返事をいただいたのですが、その文中に耳寄りなニュースがありました:2万部以上売れているというのです。その後の追伸では、『花之忠臣蔵』だけとは限らず、同書を含むシリーズ全体の売れ行きかもしれないという留保も付きましたが、それにしてもかなりの数字です。

思わずわが目を疑いました。自慢じゃないが、拙老は自国では「初版2千部ポッキリ、再版なし」と相場の決まっているモノカキです。こんな数字はにわかに信じがたい。訳者の先生には悪いが、きっと何かの間違いだろうと「疑り屋のトーマス」のような気持になりました。ヒガミは仕方のないものです。ゆめゆめこの情報を疑うわけじゃありません。慎重に慎重を期しただけです。

こんなとき力になってくれたのは昔拙老の学生だった国際日本文化研究センター教授の劉 建輝氏です。持つべき者は友なるかな。さっそくその情報のウラを取るため方々を調べてくれました。二つの添付ファイル参照。また発行部数の「証拠写真」は冒頭の右葉に掲げて あります。

情報は事実のようでした。劉氏によれば現代中国は読書人口が億単位、「世界最大の図書市場を持つ出版国」で、日本の社会・文化への関心が非常に高いということです。筆者個人は問題外としても、「忠臣蔵」という歴史的事件そのものの知名度の高さがその理由だと思われます。それれにしても2万は決してハンパな数ではなく、一定水準の知的好奇心と理解力を持った人口部分が現存していることを物語ります。こうした「読書人」層の形成は、たとえば終戦後日本の出版ブーム(みんな活字に飢えていた)を思い起こさせます。文化的欲求が政治の貧困を上回る時代の特質です。新しい読者群の出現を予感させます。いずれ日本でも起きるでしょう。

桃叟はこれまで自分の「読者」を持つことにほとんど絶望していました。一時は「野口武彦ワールド」などといわれて、一定数のファンがいたのですが、今やその風趣を理解してくれた世代は続々と世を去りつつあります。なかばアキラメの境地でした。が、考え直すきっかけが到来したようです。やがて日本でも似たような状況が来るでしょう。国籍や 民族性ではなく、どんな社会にも文化的自己再生能力を潜在させていることを強く感じさせます。一国の文運隆盛は国民の経済的活況には依存しません。むしろ人々の実存的不如意感の総量が決め手になります。引き潮が極まって満ち潮に転ずる、そのうねりが来ようとしています。

もちろん、これがたんなる老人性多幸症(ユーフォリズム)の発作でしかない、という心の囁きもしないではありません。だがそれでもいいのです。間もなく八十四翁になる拙老に残された年月があとどのくらいあるかは分かりません。九十歳まで生き延びるとしてまだ6年間の猶予があります。上げ潮を見届けるにはたっぷりです。少くともヤルコトはあるわけです。

皆さんも年寄をあまり嫌わずにつきあって下さい。以下の添付資料を参照されたし。

「おめでとう」劉 建輝氏より

各サイトの評判

 

 

 

 

新シーズン開幕 ブログとラインを一本化

いやあすみません。ここ2ヶ月ばかりブログ更新を怠ってきました。怠けていたのではなく、周囲の情勢を見きわめていたのです。

世の混迷はいよいよ進んでいます。桃叟自身は相変わらず超然自適なのですが、回りの諸条件がいろいろ身近に迫って来ました。第一に、コロナの影響がトレイナーさんに及んで来ました。隔離期間とやらで家に来てくれない日々が生ずるのです。第二に、なぜだか分からないが、碧村子が連句グループから脱退されました。何かお考えがあってのことでしょう。そんなこんなで桃叟もいよいよ老境の現実に直面する決心が付きました 。

「老境の現実」というのはこうです: 最近、わがブログの読者 ――一応不特定多数を想定――はめっきり減少の一方、同世代の人々は 順繰りに老衰・死滅しつつあるかに思われます。まだ固定しているラインの仲間――これも十人足らずです――と大差のない数になりましたので、この際これを一本化することにしました。別に八十代老人に同調してくれと言っているんじゃありません。ただ老境でこそ見える世界面の意外にみずみずしい切り口につきあってくれればいいのです。

コロナ騒ぎで世の混迷は深まるばかりですが、混沌(カオス)のうちに或るパターンが見えて来ます。かつて幕末のコレラが井伊直弼の首を転がして収まったように、今回のコロナもいずれ政治家の誰かの首を飛ばしてめでたく終結するでしょう。予想でも予見でも、ましてや予測でもありません。ただ生々しい予感がするだけです。しかしこの視象には  一種夢魔的な・曰く言いがたいリアリティがあり、民衆の集合的予知能力が健在であることを感じさせます。やがて集団免疫が人類史のサイクルで成立するまで、われらは一国の狭い領分で持久するしかありません。これからです。これからがモヤモヤ、ムシャクシャ、 ワラワラむらがる何とも名状しがたいモノたちのありかを探る文学的想像力の出番なのです。

たとえば昔『愛宕あたご百首』という連歌興行がありました。発句は明智光秀の〽時は今天が下知るさつきかな」。それに付けた脇が行祐ぎょうゆうの「水上まさる 庭の夏山」、第三は里村紹巴じょうはの「花落つる 池の流を せきとめて」です。この発句には通説のように光秀の天下奪取の野望が寓されていたとは考えません。しかし勘ぐればたしかにそうと読めないことはない。だからこそ権力者の秀吉は、ひどく警戒して興行主の紹巴をキュウキュウ責め立てたという言い伝えもできるのです。連句にはいつもこういうヤバさ・ウサンクサさがつきまといます。連句の多義性・曖昧性・転義可能性のしからしむるところでしょう。このワケノワカラナサには以外に現実を切り裂く力が備わっています。

そんなわけで、しばらく中断していた連句興行を再開します。題して『令三水無月七吟歌仙』。発句だけを不肖桃叟が勤めさせていただきます。恥ずかしながら、

〽梅雨空や七変化する雲の色

とさせていただきました。脇と挙句ははるか東国に散らばう連衆竹木子にお願いします。各地に猖獗する時疫からうまく遠ざかっておられることを念じます。以下は新規の句順表を参照されたし。また問い合わせフォームも併設しました。ご活用下さい。

 

令三水無月七吟半歌仙句順表

『令三春吟半歌仙』『令三銘々精進会』の呼びかけ

2021.01.14 木曜日
令三春吟半歌仙句順表.xlsx令三春吟半歌仙句順表

「野口武彦公式ブログ」が何とか復旧できましたので、歌仙興行も続行します。『令三春吟半歌仙句順表』を公示しますので、連衆諸兄姉のご応募をお願いします。

またそれに平行して、俳友グループの皆さんに『令三銘々精進会』へのご参加を呼びかけます。皆にレポートを提出してもらいたいのです:「芭蕉七部集の任意の巻から一組の付け合いを選んで自由に鑑賞し、100字前後にまとめよ。」

歌仙を何回か巻いてみて、諸君の作句方法に或る特定の傾向があるように感じた。自分の生活体験にある何らかのクライマックスを「私的=詩的瞬間」として切り取る発想をするのだ。それでは最短の詩形と考える「学校俳句」「秀才俳句」だ。連句 は違う。諸君もやってみて感じたと思うが、それは個々の付句を介して、或る集団的・伝統的な公共文化圏に加わることだ。連句は現代のような――時疫がいよいよその間を強めている――乱世に生きる人間の共通語なのだ。だから諸君の句作にも、たんなる生活体験のみでなく、すぐれた先人の製作に触れて得られる「詩的体験」を多く蓄積し、詞藻・詩嚢・歌袋・俳語目録をできるだけ豊富にしなければならない。

『芭蕉七部集』はその点でいい勉強になると思うよ。『日本の古本屋』などで検索すればいくらでも見つかるが、拙老は特に幸田露伴の評釈を勧める。注釈作業それ自体が 「文学」であることの好個の見本なり。また安東次男の評釈も面白い。クセが 強いが、それがまた魅力だ。この通知はブログでも公開します。「その望の日を」注釈

ブログを新規まき直し

奇貨措くべからずという言葉があります。本ブログが一時ダウンし、ファイルの一部が 消えてしまったのは災厄には違いないが、考えようによっては「天の配剤」なるべし。つまり一種の「奇貨」です。この機会に大きく模様替えすることにしました。

「わが終活」なんてシカツメラシイのは柄に合わないのでやめにしました。「昭和昔話集」に一本化します。思想なんてものは拙老のニンじゃないのです。サバサバと切り捨てました。

「昭和昔話集」というタイトルで、ダウン以前に5,6回書いたような気もするが、これもやり直しです。その他 コメント欄で二三応酬があったようにも記憶しますが、それも忘れて下さい。これからは好きなことだけを書きます。

今日はまず、「昭和昔話集」第一回『昔の劇評』の復元と増補から。そのオリジナルは次の通り。

「昭和の昔、守田勘弥(喜の字屋)というそこそこの役者がいた。ある時『寺子屋』の松王丸を演(や)ったことがあって大張切りだった。本人も一世一代の大舞台だと思っていたらしい。公演が始まってすぐに、新聞に劇評が載った。「舞台に源蔵が二人出て来たようだ」。昔の劇評家はうまかった。――最近、次期首相をめざして何だか色っぽくなっ菅さんを見ていて、ふと思い出しました。」

今日は2021年1月20日です。第二次緊急事態宣言(従来の一都三県に加えて大阪・京都・兵庫・愛知・岐阜・福岡・栃木の6府県に拡大)された日付です。引用した文章を書いたのは2020年9月初めのことですから、内閣支持率が大幅に下がっている今日の時点で評定したら不公平になるでしょうが、逆にかえって「先見の明」があったということになりませんかねえ。政治力がどうの指導性がこうのなどとダイソレタことは申しません。ただどう見てもニンじゃない、と皆わかっているのです。

「舞台に源蔵が二人出て来たようだ」という寸評がいかに真をうがっていたかは、ポスト昭和の読者に食もう通じないかも知れません。しかしここでも逆に、テレビの管さんの顔つきがこの評言の理解を助けるかも。 了

緊急通知 ブログ中絶と再開

拙老 にはわからない技術的原因によって2020年7~12月のブログが消失しました。やむなくこれらは無かったものとして、そのうち『昭和昔話集』シリーズおよび幾つかの半歌仙興行の記録だけは、諸方から掘り起こして再現しようと思います。

この6ヶ月間は多事多難な時期でした。コロナ禍をめぐって、多様な社会事象が次々と生起したこの期間には、後から見れば何か或る不可逆的な過程が進行していたような気がします。たとえば世界人類とヴィールスという生命体との間で、変化のテンポでは勝負にならない突然変異の競争がなされていたとでもいうような。

幸い拙老は、身に起きる一切の出来事を天の配剤と感じる幸わせな性分です。拙老にはあと何年定命がされ藉(か)されているか分かりませんが、残された時間の内に果たすべき宿債があり、それが未済であるような気がして ならないのです。それは「20世紀アキツシマの文(ぶん)」を21世紀世界に持ち伝えるという書債であるといってもよいでしょう。日本の「文字言葉 」の保持だともいえます。いずれ別回で敷衍(ふえん)するつもりです。

全部を一度に復元することはできないので、今回は半歌仙興行の記録を復活するだけに止めます。この里はコロナも知らず赤とんぼ 令二冬六吟半歌仙句順表  令二歳暮六吟半歌仙句順表 令三新春半歌仙 

なお俳友グループ間の対話記録も拾えましたので併載しておきます。ラインやりとり2020暮 今回畢。

調査にご助力下さい

いきなりダッシュボードに「PHPの更新が必要です」というアナウンスが出ました。人に相談したら意外に難物で、やり方をしくじると「サイト自体に不具合が出る可能性がある」とのことなので、当分ほっとくつもりです。特に更新しなくてもブログの機能は変わらないはずなのでこのまま行けるでしょう。そこで皆さんにお願いですが、コメント欄が生きているかどうかを確認したいのです。投稿してみてくれませんか

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