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桃叟だより

[皆さんの声をお聞かせ下さい――コメント欄の見つけ方]

今度から『野口武彦公式サイト』は、皆さんの御意見が直接読めるようになりました。ブログごとに付いている「コメント欄」に書き込んでいただくわけですが、
同欄は次のような手順で出します。

トップページの「野口武彦公式サイト」という題字の下に並ぶ「ホーム、お知らせ、著作一覧、桃叟だより」の4カテゴリーのうち、「桃叟だより」を開き、右側サイドメニューの「最新記事」にある記事タイトルをどれでもダブルクリックすれば、その末尾に「コメント欄」が現れます。

そこへ御自由に書き込んでいただければ、読者が皆でシェアできることになっています。ただし、記入者のメールアドレス書き込みは必須ではありません。内容はその時々のブログ内容に関するものでなくても結構です。

ぼくとしては、どういう人々がわがブログを読んで下さっているのか、できるだけ知っておきたいので、よろしくお願いする次第です。以上

枯桃残芳――潮目が変りました

 

朗報が思わぬ方からもたらされました。このたび講談社国際ライツ事業部という所から 通知があり、『花之忠臣蔵』の見本が送られて来ました。2015年刊行の拙著『花の忠臣蔵』の中国語訳です。とりあえず訳者にお礼状を出しましたらすぐに丁重な お返事をいただいたのですが、その文中に耳寄りなニュースがありました:2万部以上売れているというのです。その後の追伸では、『花之忠臣蔵』だけとは限らず、同書を含むシリーズ全体の売れ行きかもしれないという留保も付きましたが、それにしてもかなりの数字です。

思わずわが目を疑いました。自慢じゃないが、拙老は自国では「初版2千部ポッキリ、再版なし」と相場の決まっているモノカキです。こんな数字はにわかに信じがたい。訳者の先生には悪いが、きっと何かの間違いだろうと「疑り屋のトーマス」のような気持になりました。ヒガミは仕方のないものです。ゆめゆめこの情報を疑うわけじゃありません。慎重に慎重を期しただけです。

こんなとき力になってくれたのは昔拙老の学生だった国際日本文化研究センター教授の劉 建輝氏です。持つべき者は友なるかな。さっそくその情報のウラを取るため方々を調べてくれました。二つの添付ファイル参照。また発行部数の「証拠写真」は冒頭の右葉に掲げて あります。

情報は事実のようでした。劉氏によれば現代中国は読書人口が億単位、「世界最大の図書市場を持つ出版国」で、日本の社会・文化への関心が非常に高いということです。筆者個人は問題外としても、「忠臣蔵」という歴史的事件そのものの知名度の高さがその理由だと思われます。それれにしても2万は決してハンパな数ではなく、一定水準の知的好奇心と理解力を持った人口部分が現存していることを物語ります。こうした「読書人」層の形成は、たとえば終戦後日本の出版ブーム(みんな活字に飢えていた)を思い起こさせます。文化的欲求が政治の貧困を上回る時代の特質です。新しい読者群の出現を予感させます。いずれ日本でも起きるでしょう。

桃叟はこれまで自分の「読者」を持つことにほとんど絶望していました。一時は「野口武彦ワールド」などといわれて、一定数のファンがいたのですが、今やその風趣を理解してくれた世代は続々と世を去りつつあります。なかばアキラメの境地でした。が、考え直すきっかけが到来したようです。やがて日本でも似たような状況が来るでしょう。国籍や 民族性ではなく、どんな社会にも文化的自己再生能力を潜在させていることを強く感じさせます。一国の文運隆盛は国民の経済的活況には依存しません。むしろ人々の実存的不如意感の総量が決め手になります。引き潮が極まって満ち潮に転ずる、そのうねりが来ようとしています。

もちろん、これがたんなる老人性多幸症(ユーフォリズム)の発作でしかない、という心の囁きもしないではありません。だがそれでもいいのです。間もなく八十四翁になる拙老に残された年月があとどのくらいあるかは分かりません。九十歳まで生き延びるとしてまだ6年間の猶予があります。上げ潮を見届けるにはたっぷりです。少くともヤルコトはあるわけです。

皆さんも年寄をあまり嫌わずにつきあって下さい。以下の添付資料を参照されたし。

「おめでとう」劉 建輝氏より

各サイトの評判

 

 

 

 

新シーズン開幕 ブログとラインを一本化

いやあすみません。ここ2ヶ月ばかりブログ更新を怠ってきました。怠けていたのではなく、周囲の情勢を見きわめていたのです。

世の混迷はいよいよ進んでいます。桃叟自身は相変わらず超然自適なのですが、回りの諸条件がいろいろ身近に迫って来ました。第一に、コロナの影響がトレイナーさんに及んで来ました。隔離期間とやらで家に来てくれない日々が生ずるのです。第二に、なぜだか分からないが、碧村子が連句グループから脱退されました。何かお考えがあってのことでしょう。そんなこんなで桃叟もいよいよ老境の現実に直面する決心が付きました 。

「老境の現実」というのはこうです: 最近、わがブログの読者 ――一応不特定多数を想定――はめっきり減少の一方、同世代の人々は 順繰りに老衰・死滅しつつあるかに思われます。まだ固定しているラインの仲間――これも十人足らずです――と大差のない数になりましたので、この際これを一本化することにしました。別に八十代老人に同調してくれと言っているんじゃありません。ただ老境でこそ見える世界面の意外にみずみずしい切り口につきあってくれればいいのです。

コロナ騒ぎで世の混迷は深まるばかりですが、混沌(カオス)のうちに或るパターンが見えて来ます。かつて幕末のコレラが井伊直弼の首を転がして収まったように、今回のコロナもいずれ政治家の誰かの首を飛ばしてめでたく終結するでしょう。予想でも予見でも、ましてや予測でもありません。ただ生々しい予感がするだけです。しかしこの視象には  一種夢魔的な・曰く言いがたいリアリティがあり、民衆の集合的予知能力が健在であることを感じさせます。やがて集団免疫が人類史のサイクルで成立するまで、われらは一国の狭い領分で持久するしかありません。これからです。これからがモヤモヤ、ムシャクシャ、 ワラワラむらがる何とも名状しがたいモノたちのありかを探る文学的想像力の出番なのです。

たとえば昔『愛宕あたご百首』という連歌興行がありました。発句は明智光秀の〽時は今天が下知るさつきかな」。それに付けた脇が行祐ぎょうゆうの「水上まさる 庭の夏山」、第三は里村紹巴じょうはの「花落つる 池の流を せきとめて」です。この発句には通説のように光秀の天下奪取の野望が寓されていたとは考えません。しかし勘ぐればたしかにそうと読めないことはない。だからこそ権力者の秀吉は、ひどく警戒して興行主の紹巴をキュウキュウ責め立てたという言い伝えもできるのです。連句にはいつもこういうヤバさ・ウサンクサさがつきまといます。連句の多義性・曖昧性・転義可能性のしからしむるところでしょう。このワケノワカラナサには以外に現実を切り裂く力が備わっています。

そんなわけで、しばらく中断していた連句興行を再開します。題して『令三水無月七吟歌仙』。発句だけを不肖桃叟が勤めさせていただきます。恥ずかしながら、

〽梅雨空や七変化する雲の色

とさせていただきました。脇と挙句ははるか東国に散らばう連衆竹木子にお願いします。各地に猖獗する時疫からうまく遠ざかっておられることを念じます。以下は新規の句順表を参照されたし。また問い合わせフォームも併設しました。ご活用下さい。

 

令三水無月七吟半歌仙句順表

2021-03-16 | 日暦, 桃叟だより

年々歳々花相似たり

近況五首――

〽なゐの年いのちのかぎり咲き満ちしこぶし開きぬ見しは居なくに

〽 芦屋より三田さんだへ通ふ山道に遠見のこぶし梢ゆかしき

〽余生とは枝を洩る陽と知られけりまだらはだらに行く手照らしつ

〽前線に応答なきか通信兵虚ろに響く空電の音

〽まえうしろ友軍見えず敵もなし天地声なく斥候ものみ帰らず

近況少し手間取ってます。ちょっとご猶予下さい。

 

精神科医の友への手紙(2)

平井孝男様。お久しぶりです。この前お手紙を差し上げ、それを本ブログへ公開させていただいたのが、2001年1月21日でしたから、いつのまにか一年以上が経ってしまったわけです。現在、平井クリニック院長、新大阪カウンセリングセンター長と赫々たる名声に輝いておいでの貴君をつい昔のよしみで「友人」などと気安くお呼びするのは失礼のきわみですが、まあ長年のお付き合いに免じてお許し下さい。

御近著をお送り下さって有難うございました。いつも治療の現場で困難な問題に取り組んでおられるお姿に頭が下がります。

この一年の間に起きたことの中でいちばん大きかったのはやっぱりコロナの襲来でしょう。「感染を防ぐ対策を取り、地道に一歩一歩手探りに進んで行く」のみだと御来信にはありましたが、本当にその通りだと思います。昔から災厄の 時には洋の東西を問わずヒトリテンデンコ(Help yourself)だと申しますが、いざとなると一人きりでは判断を下すのも難しくなります。

わが身は、感染したらオシマイの確率が高いと脅されている「後期高齢者」に分類されているのですが、どういうものか実感がまるでありません。家に閉じこもったきりで人と会わない――お医者さんも来診してくれます――からかも知れませんが、世間並みの恐怖や不安が感じられないのです。ぼくは今ヤモメグラシで、妻子の養うべきもなく、言ってみれば「無役」の旗本・御家人のような身分だからかも知れません。いずれにせよ責任のない立場なのです。現役の人々からはたぶん腹立たしく見えるでしょう。しかしこの別に根拠のない安心感は高い致死率と引き換えです。

どうも最近のぼくは「老人性多幸症」に罹っているのではないかという気がします。自己診断をするものではないと申しますが、今みたいな御時節には、無責任に楽観的な 方が不安神経症になるよりはマシなのではないでしょうか。

リハビリはまじめにやっています。この前 ちょっと厳しいトレーナーさんに「♪今日も今日とて親方さんに、芸がまずいと叱られて」という歌の一節をユーチューブで見せましたが、反応はもひとつでした。最近の人はもう美空ひばりを知らないらしい。『越後獅子の唄』には他の効能もあります。ロレツの回らない構音障害の治療にも有効です。小さな テープ・レコーダーに歌 (?)を吹き込み、音程の狂いを直すのも苦労でなままかの大仕事です。

ぼくの方はまあこんな具合に毎日どうにか生き延びて います。何だかこうやって生き残るような気がします。貴兄もどうかお元気で天職を全うされるように心からお祈りします。天運長久。

腰折れの一首。〽口ずさむ美空ひばりの越後獅子バチでぶたれてリハビリをする。

 

 

2021-01-16 | 日暦, 桃叟だより

令三春六吟半歌仙』の発句(綺翁)の選定

『令三春六吟半歌仙』の発句(綺翁)の選定についてはいろいろ迷いましたが、けっきょく公開句順表にあるように「茅の海やいざ漕ぎ出でむ春の潮」に治定しました。一度は 「知の海にいざ漕ぎいでむ春の潮」にともしたのですが、その後考えるところあって「茅の海や」に落ち着きました。理由は以下に申し述べます。令三春六吟半歌仙句順表
問題の発端は、連句式目に、「「松永貞徳が示した、「名所、国、神祇、釈教、恋、無常、述懐、懐旧おもてにぞせぬ。」のきまりが、そのまま現代連句でも受け継がれており、そのほか地名、人名、殺伐なこと、病態、妖怪なども嫌われている」(東明雅『十七季』)という申し合わせがあり、綺翁子が使った「茅の海」は、大阪湾の古称ですから固有地名ということになり、禁則に引っかかるのではないかと考えた次第です。また綺翁子の発想を窺ってみると、「茅の海は知の海、言葉の海との掛け言葉のつもりでして春の最強の上げ潮に乗って知の海へ自らの力で漕ぎ出しましょうかねという句意」だというので、いっそのこと「知の海」でいったらどうかと思い返しました。
ところが、どうもわれながら釈然としないのです。初句から「知の海」と、抽象語を交えた比喩で出るのは、なんだか新体詩みたいで気が そそりません。
考えあぐねていたところへ、図らずも2つのヒントが相次いで訪れました。「これだ!」と思わず飛び上がりました。
①幸田露伴の意見です。「冬の日木枯の巻概観」の」中で露伴は「竹斎」なる人名についてこう言っています:「表六句の中に人名国名地名などはせぬが常法なり。幕末になりては特にかゝることをばこちたく云ふこと、所謂宗匠の教なれども、竹斎は作り物語の中の名なれば、有るが如く無きが如き故、難無きなり」と。――つまり、固有名詞でなく、普通名詞として扱えというのです。
②もう一つは三山子の何気ない疑問表出の一文です:大阪湾は「茅の海」ですか? 「茅渟の海」では??――するどい! たしかに大阪湾の古称は正しくは 「茅渟の海(ちぬのうみ)」であって、「茅の海」なる地名は 存在しない。だから――ひょっとして怪我の功名かも知れないが――綺翁子は固有名詞ではなく、普通名詞を詠んだにすぎない。これは架空の地名であり、どんな地図の上にも実在しない幻境の海域なのです。

〽茅の海やいざ漕ぎ出でむ春の潮

三山さん、これを発句として脇を固めて下さい。
里女さん、この二句を掌で受けて下さい。

 

『令三春吟半歌仙』『令三銘々精進会』の呼びかけ

2021.01.14 木曜日
令三春吟半歌仙句順表.xlsx令三春吟半歌仙句順表

「野口武彦公式ブログ」が何とか復旧できましたので、歌仙興行も続行します。『令三春吟半歌仙句順表』を公示しますので、連衆諸兄姉のご応募をお願いします。

またそれに平行して、俳友グループの皆さんに『令三銘々精進会』へのご参加を呼びかけます。皆にレポートを提出してもらいたいのです:「芭蕉七部集の任意の巻から一組の付け合いを選んで自由に鑑賞し、100字前後にまとめよ。」

歌仙を何回か巻いてみて、諸君の作句方法に或る特定の傾向があるように感じた。自分の生活体験にある何らかのクライマックスを「私的=詩的瞬間」として切り取る発想をするのだ。それでは最短の詩形と考える「学校俳句」「秀才俳句」だ。連句 は違う。諸君もやってみて感じたと思うが、それは個々の付句を介して、或る集団的・伝統的な公共文化圏に加わることだ。連句は現代のような――時疫がいよいよその間を強めている――乱世に生きる人間の共通語なのだ。だから諸君の句作にも、たんなる生活体験のみでなく、すぐれた先人の製作に触れて得られる「詩的体験」を多く蓄積し、詞藻・詩嚢・歌袋・俳語目録をできるだけ豊富にしなければならない。

『芭蕉七部集』はその点でいい勉強になると思うよ。『日本の古本屋』などで検索すればいくらでも見つかるが、拙老は特に幸田露伴の評釈を勧める。注釈作業それ自体が 「文学」であることの好個の見本なり。また安東次男の評釈も面白い。クセが 強いが、それがまた魅力だ。この通知はブログでも公開します。「その望の日を」注釈

ブログを新規まき直し

奇貨措くべからずという言葉があります。本ブログが一時ダウンし、ファイルの一部が 消えてしまったのは災厄には違いないが、考えようによっては「天の配剤」なるべし。つまり一種の「奇貨」です。この機会に大きく模様替えすることにしました。

「わが終活」なんてシカツメラシイのは柄に合わないのでやめにしました。「昭和昔話集」に一本化します。思想なんてものは拙老のニンじゃないのです。サバサバと切り捨てました。

「昭和昔話集」というタイトルで、ダウン以前に5,6回書いたような気もするが、これもやり直しです。その他 コメント欄で二三応酬があったようにも記憶しますが、それも忘れて下さい。これからは好きなことだけを書きます。

今日はまず、「昭和昔話集」第一回『昔の劇評』の復元と増補から。そのオリジナルは次の通り。

「昭和の昔、守田勘弥(喜の字屋)というそこそこの役者がいた。ある時『寺子屋』の松王丸を演(や)ったことがあって大張切りだった。本人も一世一代の大舞台だと思っていたらしい。公演が始まってすぐに、新聞に劇評が載った。「舞台に源蔵が二人出て来たようだ」。昔の劇評家はうまかった。――最近、次期首相をめざして何だか色っぽくなっ菅さんを見ていて、ふと思い出しました。」

今日は2021年1月20日です。第二次緊急事態宣言(従来の一都三県に加えて大阪・京都・兵庫・愛知・岐阜・福岡・栃木の6府県に拡大)された日付です。引用した文章を書いたのは2020年9月初めのことですから、内閣支持率が大幅に下がっている今日の時点で評定したら不公平になるでしょうが、逆にかえって「先見の明」があったということになりませんかねえ。政治力がどうの指導性がこうのなどとダイソレタことは申しません。ただどう見てもニンじゃない、と皆わかっているのです。

「舞台に源蔵が二人出て来たようだ」という寸評がいかに真をうがっていたかは、ポスト昭和の読者に食もう通じないかも知れません。しかしここでも逆に、テレビの管さんの顔つきがこの評言の理解を助けるかも。 了

緊急通知 ブログ中絶と再開

拙老 にはわからない技術的原因によって2020年7~12月のブログが消失しました。やむなくこれらは無かったものとして、そのうち『昭和昔話集』シリーズおよび幾つかの半歌仙興行の記録だけは、諸方から掘り起こして再現しようと思います。

この6ヶ月間は多事多難な時期でした。コロナ禍をめぐって、多様な社会事象が次々と生起したこの期間には、後から見れば何か或る不可逆的な過程が進行していたような気がします。たとえば世界人類とヴィールスという生命体との間で、変化のテンポでは勝負にならない突然変異の競争がなされていたとでもいうような。

幸い拙老は、身に起きる一切の出来事を天の配剤と感じる幸わせな性分です。拙老にはあと何年定命がされ藉(か)されているか分かりませんが、残された時間の内に果たすべき宿債があり、それが未済であるような気がして ならないのです。それは「20世紀アキツシマの文(ぶん)」を21世紀世界に持ち伝えるという書債であるといってもよいでしょう。日本の「文字言葉 」の保持だともいえます。いずれ別回で敷衍(ふえん)するつもりです。

全部を一度に復元することはできないので、今回は半歌仙興行の記録を復活するだけに止めます。この里はコロナも知らず赤とんぼ 令二冬六吟半歌仙句順表  令二歳暮六吟半歌仙句順表 令三新春半歌仙 

なお俳友グループ間の対話記録も拾えましたので併載しておきます。ラインやりとり2020暮 今回畢。

調査にご助力下さい

いきなりダッシュボードに「PHPの更新が必要です」というアナウンスが出ました。人に相談したら意外に難物で、やり方をしくじると「サイト自体に不具合が出る可能性がある」とのことなので、当分ほっとくつもりです。特に更新しなくてもブログの機能は変わらないはずなのでこのまま行けるでしょう。そこで皆さんにお願いですが、コメント欄が生きているかどうかを確認したいのです。投稿してみてくれませんか

わがポスト・パンデミック――烏化佯仙(うかようせん)

お久しぶりです。世が世ですから、世の中で何か画期的なことが起きているのかと思って待機していましたが、人間社会では何事も起きていないかのように事態を処理しているみたいですので、仕方がないから自前で「ポスト・パンデミック」の世界に対処することにします。拙老の周囲でいちばん身近なのは介護の皆さんの社会ですが、ここではコロナと熱中症が同程度に危険だということで、やたら水分ばかり取らされて閉口しています。

何でも今回の時疫の特色は、無症状で強力な感染力を持つヴィールスを蔓延まんえんさせていることにあるそうです。無害に偽装する戦略ですね。ヴィールスも生き延びるために必死で、突然変異のかたちで遺伝形質を発現させているのです。人類も急いで「進化」しなくてはとても追い付きません。

とはいっても、拙老一代のうちに突然変異するのは無理ですので、せめて頭の中で想念をまとめてみようと思います。拙老が最近夢想しているのは、次の画の中の猫のようなイメージになりきることです。これは有名な『不思議の国のアリス』に出て来る《チェシャ猫」の挿絵で、御覧のとおり猫の身体を透かして葉の茂みが見えています。アリスは言います:「あれれ変だわ。笑わない猫はしょっちゅう見るけど、猫がなくて笑いだけ見えるのは初めてだわ」。http://www.alice-in-the-wonderlander/resources/pictures/cheshire-cat/

つまり、猫の肉体は消えて、笑いだけが残っているのです。具体性のない抽象的存在なのです。よく「背後に実在のないアイデア」のたとえに使われるイメージです。こんな具合に、みずからはただの無機的な抽象物と化して下界をニヤニヤ眺めながら余生を楽しんでいるのが拙生老来の日々です。

しかし物事はそううまくは運びません。一たび人間じんかんに生まれたからには、否応なく有機物が混じり込んでいて、スッキリ風化できないのです。わが東洋の伝承では「羽化登仙」といって、白い羽根が生えて鶴に化身し、俗塵を去って悠々と仙界に飛翔することになっています。死んでも完全に気化して遺骸などは残らないそうです。

これにあやかろうと、拙老も日々仙道修業に励んでいますが、芸が未熟なものですから、どうしても思うように羽化できません。できるのは「羽化登仙」ならぬ「烏化佯仙うかようせん、カラスになって仙人のふりをする」くらいのものです。最近この界隈で見かける烏たちにとみに親愛の感情を抱くようにありました。次の写真は、ヘルパーさんが撮ってくれたものです。

えらく自信たっぷりの顔をしています。あわてず、騒がず、ゆっくり急がずに時間を待とう。いずれ人間たちは滅びていなくなり、俺たちはこマンションの主人になるのだ、とうそぶいている感じです。写真のタイトルは「あるじ顔の烏」です。

ポスト・パンデミックの世界では、地球上のあらゆる生命体の距離が縮まり、たがいの差が狭まることです。人間と烏の差などは知れたものです。平均サイズも百何十センチメートルと何十センチかとの違いにすぎません。コロナ・ヴィールスの体長は1万分の1ミリ(100ナノメートル)程度だそうです。桁の大小が違うだけで、同じ尺度で測れる相手なのです。肉眼では見えないのですが、サイズの差を越えてその実在が確かに感じ取れます。

これからの――ポスト・パンデミックの――世界は、今まで目に見えなかった、あるいは、たんに見えないというだけの理由で無視されてきた地球上の生命存在たちがけなげに自己主張する時代が到来すると思います。生命体という有機物が細胞膜を距てて嬉々として交感し合っているのです。

そう思って眺めると、身の回りにはいろいろな生命たちがひしめいています。昆虫たちはみなチャンス到来と出番を待っています。右」のバッタはいかにも罪のない顔をして草の茎を囓っていますが、ケニアではお仲間が2億匹発生し、穀物を食い荒らして中近東からアジア大陸へ移動中とのことです。さしずめコロナバッタでしょう。旧約聖書の『出エジプト記』に見える蝗害の再来です。人類と微生物の体長差が物の数ではないスケールで考えれば、古代と現代の時差などはほんの一またぎにすぎないのです。左の写真は、友人が朝の散歩で久しぶりに見かけた生きているタマムシです。嬉しそうに触角をうごめかしていたそうです。そういえば拙老も長いこと箪笥の中で干からびている死んだタマムシしか見たことがありませんでした。日が当たれば美しく輝きます。もちろん玉虫色に。今日、東京ではアラートが解除され、赤色が消えてレインボウブリッジが虹色に照明されました。本当は玉虫色なのです。 畢

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