toggle

新作を書いてみました

炎暑のせいでこのHPの更新がすっかり遅れてしまいました。いやはや、「炎夏」という言葉がただの季語では済まなくなった暑さです。そのうちに羿げいカルトが世界中に広まるかもしれません。本当に太陽を射落としたくなるほどです。暑さが苦になるなんてことは去年まではありませんでした。老齢のためでしょうか、それとも地球が狂ってきたのでしょうか。

といっても、この一ヶ月ばかりの期間、拙老は決して怠けていたのでありません。小説の新作を書くのに熱中していました。実をいうと『元禄六花撰』の刊行以後、「算法忠臣蔵」「元禄不義士同盟」「チカラ伝説」「徂徠豆腐考」「紫の一本を求めて」の5作をすでに書き上げ、これらを揃えて1冊の作品集『算法忠臣蔵』(1篇を標題作とする)の発刊を計画中なのですが、この新作は以上の作品の堆積の下から盛り上がってくる新生層のような感じです。

新作の「世界」は明治です。明治11年(1878)に「藤田組贋札事件」という大疑獄が起こりました。西南戦争に便乗してのし上がってきた商社藤田組の社主藤田伝三郎が、偽札を作った容疑で逮捕されたが裁判で無罪となり、代わりに熊坂長庵といういかにも悪人チックな姓名の男ーーこれは実名ですーーが真犯人とされて無期懲役を判決されたという事件です。真相はいまだに不明です。が後世、長庵は権力のデッチアゲで有罪にされた無辜むこの人間だとする説が根強く主張されました。その代表格は何といっても、終生反権力・反官僚の姿勢ををつらぬいた社会派推理作家の松本清張でしょう。

拙老の新作では、長庵が無罪か有罪かのを二者択一する立場を取りません。 長庵が贋金を作っていたとしても構わないのです。明治初年には、社会に出回っている通貨のうち、どれが真貨でありどれが贋貨であるかの基準自体がまだ出来ていませんでした。それを判定したのは国家権力です。しばしば恣意的でした。そんなナンデモアリの時代に或る「特技」を持っていたばかりに歴史の舞台に引っ張り出されてしまった男のドラマとして新たな物語を作りました。ちなみにタイトルは『銅版画師』です。

拙老の予感では、現代日本はもう一度明治初期の「身分社会」をやり直しつつあるように見えます。また国家規模の俗悪さを敵にしなければならないかも知れません。そういう緊張感の中で、拙老はかえってこれからするべき仕事の方向が掴めて来たように思います。  了